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環境と空間

都市の「読みやすさ」——リンチの5要素を歩く

PeripheralAttention 編集部 3分

TL;DR

  • ケヴィン・リンチは都市の「読みやすさ」を、パス・エッジ・地区・ノード・ランドマークの5要素で捉えた。
  • 人は地図ではなく、頭の中の心像(イメージ)を頼りに都市を歩く。
  • 標識の多さと読みやすさは別物で、要素の関係づけが効く。
  • 読みやすい都市は、注意の負担が小さい都市でもある。

初めての街で電車を降り、改札を出る。地図アプリを開く前の数秒、視線は無意識に手がかりを探している。大きな通り、川や線路の切れ目、人が集まる広場、遠くに見える塔。これらが噛み合うと、街は「だいたいこっち」という方向感覚を与えてくれる。噛み合わないと、標識の数がいくら多くても、迷う。

都市を読む5つの要素

ケヴィン・リンチは『都市のイメージ』(1960年)で、人々が都市をどう心の中に描いているかを聞き取り、その心像が五つの要素から組み立てられていると整理した。移動の経路である「パス」、領域を区切る「エッジ」、性格を共有する「地区」、経路が集まる結節点の「ノード」、そして遠くからでも見える目印「ランドマーク」。

歩きながらこの五つを意識すると、街の構造が手に取るように変わる。たとえば川(エッジ)が地区を二つに分け、橋(ノード)がそれをつなぎ、対岸の塔(ランドマーク)が常に方角を教える——こうした関係が成立している街は、地図を閉じても歩ける。

標識ではなく関係が読みやすさを作る

ここで誤解されやすいのが、読みやすさを「情報量」と取り違える点だ。案内標識を増やせば分かりやすくなる、という発想は、しばしば裏切られる。標識が密集しても、互いの関係が示されなければ、歩行者はそのつど立ち止まって読み解かねばならない。これは視界の中の合図が処理しきれなくなる状態で、非注意性盲目に近い負荷がかかる。

一方、ヤン・ゲールは『人間の街』(2010年)で、歩く速度の人間にとって何が見えているかを重視した。時速5キロの目線で、要素が適切な間隔と高さに置かれているか。リンチの心像論とゲールの観察は、視点こそ違うが、都市を「読まれる対象」として扱う点で重なる。

読みやすさは注意の節約である

もっとも、読みやすい都市が常に望ましいとは限らない。すべてが見通せる街は、迷う楽しみや、偶然の発見を奪うこともある。リンチ自身、心像の明快さだけを称揚したわけではなかった。

ただ、迷いやすさが「設計の不在」から来ているなら話は別だ。要素同士の関係が崩れた街では、歩行者は絶えず手がかりを探し続け、注意を消耗する。裏を返せば、読みやすい都市とは、歩く人の注意を節約してくれる都市である。標識を足す前に、パスとエッジとランドマークがどう関係しているかを見る——その順序が、街の読みやすさを決める。けもの道のように、人が実際にどこを通るかという観察は別の記事で扱う。

参考・出典

  • Lynch, K. (1960). The Image of the City. MIT Press.(邦訳『都市のイメージ』)
  • Gehl, J. (2010). Cities for People. Island Press.(邦訳『人間の街』)
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